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平昌冬季五輪と北朝鮮情勢 [スポーツ]

【AFP=時事】北朝鮮の核開発をめぐる安全保障上の懸念が高まっていることを受け、フランスに続いてオーストリアとドイツが22日、韓国で来年2月に開催される平昌冬季五輪への参加を辞退する可能性を示唆した。(AFP=時事)
日米韓の同盟国関係のなかで、隣国韓国の五輪開催に当たって、JOCや日本政府がどのように判断するのか。更には選手自身が自らの安全に照らしてどのように考えようとしているのか、関心がもたれる。またアメリカがどのように対応するのか。その対応次第で日本の対応は左右されるだろう。
より本源的には、開催国の韓国がどのように対応しようとしているのかも興味深い。文大統領は人道の問題として北朝鮮への支援を表明している。独裁者と人民とを峻別した政策判断だろう。何故なら金正恩体制は民主的手続きで選ばれた政権ではない。人民には責任はないという判断だろうと思う。もっと根源的な同族や民族意識があるかもしれない。この支援を否定的に見る向きも多いが、この支援に文大統領のしたたかな政治的姿勢を読むことも出来る。更に五輪開催に当たっては、南北統一チームの結成などのアドバルーンも上げたりしている。
そうした中で平昌冬季五輪開催にどのように対応するか、情勢の展開を睨みながら判断するのだろうと思う。ただ、平昌冬季五輪は韓国民の間ではそれほど盛り上がっていないという情報もある。
文大統領は思い切って開催を打ち止めることを早々に表明する方が色んな意味で金正恩委員長へのメッセージの発信になるのではないかと妄想している。
トランプ大統領の露払い宜しく北朝鮮への圧力強化と制裁を言い募っている安倍首相も、Jアラートを打ち鳴らして危機意識を必要以上に国民に喚起しているくらいなのだから、五輪不参加を表明する方が余程効果的な危機意識醸成になるのではないかと存念する。
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クライマックスシリーズと選挙制度 [スポーツ]

今年のプロ野球は、広島もソフトバンクも二位以下のチームに十ゲーム以上の大差を付けてリーグ制覇をしている。この後CSがあって、三位のチームが優勝チームに勝ったり、或いは、二位の球団が優勝チームに勝って日本選手権が広島とソフトバンクの対戦にならない事態も生じうることが指摘されている。クライマックスシリーズが導入されて以来、最大の下克上はロッテがリーグ三位から日本シリーズを制覇した事例である。昨年の横浜のように年間勝率が五割に達していないチームが日本シリーズに出ることもあり得て、しかもそのチームが日本一を制することもあり得るような制度がクライマックスシリーズである。
長期決戦を制したチームが短期決戦で苦い水を飲むことの確率は決して低くはない。
そうした制度上の問題点を克服しようとして、優勝チームに一勝のアドバンテージを与えるようになったのは、リーグ制覇はできても、短期決戦に弱いソフトバンクの松中選手などの申し入れなどが一つの切っ掛けでもあった。セリーグがCS制度を導入してからは、今の制度が安定的に定着している。その中での今回の両リーグの優勝チームの圧勝であるから、改めてその問題点が指摘されたりしている。
このクライマックスシリーズの導入は、リーグ優勝が決まってからの試合を消化試合にさせないという興業面も含めた利点があることもあって、クライマックスシリーズ導入に懐疑的かつ消極的だったセリーグも導入しているのは周知のことであろう。
それでも拭えないのが、今年のように圧倒的にリーグを制覇したチーム同士の日本一決戦にならない危惧があるからである。突き詰めれば、真の日本一とは何かという課題の提起である。制度設計の持つ歪みである。興業としてのプロ野球と勝負を本質的に問うスポーツイベントとしての葛藤であろうか。
制度の問題として言えば、現行の衆参両議院特に衆議院の選挙制度は、クライマックスシリーズの持つ問題点の比ではない。昨年の米国の大統領選挙でも露呈されたが、総得票数が少ない候補者が大統領になっている。
いつの選挙でもそうであるが、落選者も含めた自民党議員の獲得票は投票総数の過半には到底及んでいない。しかし、自民党単独でも議会では過半数を制している。連立している公明党の立候補者と当選議員の獲得票を加えても恐らく過半数には達していないであろう。にもかかわらず、民意の圧倒的な、少なくとも過半の支持があるかのように政治的行動を恣にすることができるのが、現行の選挙制度である。民主主義の最大多数の最大幸福という原理はどのようにして形成されどのように保証されるかということが根底に横たわっていて、国民の生活に深く関わることであるので、選挙制度の問題は常に俎上には上っていても、政党や議員の利害が複雑に絡んで理念とはほど遠い形で議せられたり、議論百出なのは、軽重の度合いはあれ、クライマックスシリーズの問題と同じなのかもしれない。
今年の日本シリーズは現行通りの規定で実施されるだろうし、囁かれている総選挙も現行の選挙制度の許で行われるのであることには相異ない。

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高校野球のタイブレーク導入 [スポーツ]

高校野球もついに人工的な形で決着をつける方向にかじを切った。日本高野連が甲子園大会での導入を決めた延長十三回からのタイブレーク制度。来年のセンバツ90回、夏100回の節目を前に大きな転換期を迎えた。(中略)健康管理の観点から、日本高野連では球数や投球回の制限も検討したが、竹中雅彦事務局長は「投手力が豊富な強豪校に有利に働き、9人のチームで投手1人に制限を課してフェアな勝負ができない」とし、不公平感を生まないため次善の策としてタイブレークを取り入れた。ただ、タイブレーク導入による効果は限定的だ。08年からの10年間で、延長十三回以上の試合は夏が1回、センバツは9回にとどまる。(毎日新聞)

タイブレーク導入には色々な見解があるようだが、タイブレークは既に社会人などがやっていて、それはそれなりに考えられていて面白いことは面白い。
何故十三回からにするのかは分からない。決着を付けるのが目的であるなら、正規のイニング九回が終わった時点にすればよいのではないかと思う。タイブレーク導入をしたからといって、直ぐにその回で決着が付くとも限らない。従って、タイブレークのイニングに入るときは、改めて先攻後攻を決めることも大事ではなかろうか。先攻が有利か後攻が有利かは分からないが、九回表を凌げば、裏の方明らかに有利である。その有利を活かせなかったのだから、そこでタイブレークになると、先攻後攻を決め直す方が公平なようにも思うからである。
記憶に有る限りでは、実際に見た三沢高校と松山商業の延長十八回の試合とか、テレビでみた箕島と星陵の激闘などの名勝負はなくなるということであろう。一方、タイブレークのイニングが何回にも及ぶような名勝負が味わえるかも知れない。
健康管理を問題にするなら、今や紫外線よけの薬くらいはつけているかもしれないが、各高校での練習ではどうしているのかは知らないが、夏の甲子園では、サングラスの着用は最低限でも認めるべきであって、むしろそうした健康管理重視が先行すべきであろう。投手の球数制限を言う向きも居るが、投手らしい投手をそろえることの出来る私学で野球に力を入れている強豪校だけの大会になってしまうだろう。そうでなくても、どこどこ大学附属の高校だけが出場する甲子園大会になるのではないかと思っているほどなのである。
こんな逸話を覚えている人も寥々たるものになったろうが、独特の語り口で名を馳せた小西得郎氏が野球を始めた頃、帝大の大学教授だった父親がバットでボールを叩いたりすると頭に振動が響いて頭が悪くなるとかの理由で反対されたというのを読んだか聞いたかしたことを思い出すが、スポーツと健康管理の問題はもっと真剣にどの分野でも取り組まねばならぬ課題なのだから、サングラス着用に及ばないのは不可思議である。

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「甲子園で起きたキック疑惑」 [スポーツ]

「もちろん、真相は分からない。しかし個人的な見解を言えば、渡部君はワザと蹴ったわけではなく全力プレーの中で起きてしまった行為であると信じている。ただこの騒動が思いのほかに大バッシングを浴び、尾を引く要因となったのは周囲のオトナたちに大きな責任があるような気がしてならない。(中略)いくら渡部君に疑惑が向けられていると言っても「疑惑」はあくまでも「疑惑」だ。ネット上でワーワーとディスられている段階で騒動発生の翌日の準々決勝でベンチスタートとなれば、逆に「やっぱり"クロ"だったから試合に出さないんじゃないのか」と思われてさらなる炎上の火種となることは容易に想像が付いたはずだ。実際に渡部君のSNS閉鎖とベンチスタートは一部のネットユーザーたちによる心ないバッシングの格好の材料となってしまった。(中略)他のチームメートからは「一生懸命プレーした中でああなった。わざとやったわけではない。高校野球ではこういうことはあり得ること。渡部を責めるのはおかしい」などといった声が上がって」(ITmediaビジネス 臼北信行)
「疑惑」を招くようなプレーをしたことが問題なのであって、法律の世界とは異なる正々堂々と戦うことを誓っている競技に疑惑云々とか、真相云々とかを持ち出すことではないように思う。この筆者の意識も高校野球を美化する呪縛に近い意識に囚われた視点のように思える。
既にこのことは卑見を記しているが、問題は、足を故意で蹴ったのでなければ、蹴った選手は一塁手を気遣って様子をみることが咄嗟に出来なかったとしても、試合後にでも部長共々出向いて謝罪することだってできたはずであろう。そうした気遣いがなかったので、スタメンをはずすはめになったのではなかろうか。
「高校野球ではこういうことはあり得ること」というチームメイトのコメントは正に語るに落ちるというものであろう。相手を少々傷つけても構わない。それが一生懸命プレーをしている証左なのだという間違った思い込みが指導者によって植え付けられていることでもあろう。
子供が無垢であるとか、高校生が純真などというのは眉に唾を付けて聞いておく方がいいと思っているが、敢えて言えば純真だから、怪我させるほどのプレーを求められるとそれに従うという意味では素直なのであろうが、そのことはともかく、スポーツ競技は相手がいて成り立つ。戦うためには相手に対する敵愾心もなければならないだろうが、相手から学ぶことだってあるはずだという意味でも、相手に対する敬意も併せもちあわせていなければならないだろう。
序でに言えば、大会新記録の本塁打を打った中村選手のコメントは興味深かった。準決勝勝利後、破られないような記録を作りたいとの願望が先ず語られて、決勝戦をどう戦うかについては二の次であった。決勝戦で敗れた悔しさをプロで晴らすと語っている自負と自信は相当強烈であった。ドラフトで指名されるかどうかもまだ分からない内から指名されると決め込んでいる矜恃は少年らしいといえば、言える。それこそ大人の思惑に振り回されて意中ではない球団に入った清原氏が四番を打ち30本塁打を放った以上の活躍をする矜恃と自信を発揮できるかどうか興味深い。
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大阪桐蔭と仙台育英戦サヨナラの伏線 [スポーツ]

9回二死から一、二塁の走者が出ていて、次の打者の遊撃ゴロの送球を一塁手がベースを踏み損ねていてセーフの判定で、二死満塁で次打者がサヨナラヒットを放って試合を決した。遊撃手が一塁に送球された瞬間スタンドは大阪桐蔭の勝ちを信じて大きな声援が巻き起こっていたし、テレビで見ていてゲームセットだと思っていたら、アナウンサーがセーフだったと叫んで試合の続くことになって、上の結末を迎えた。
何故一塁手が一塁を踏み損ねたのか。遊撃手の送球が逸れていたわけでもないのだから、ベースを踏んだまま捕球する筈である。それが踏み損ねたのだから、これで勝ったと思って、心ここに在らずだったためなのかもしれないが、一塁手が踏み損ねたのは、七回裏の最後の打者の遊撃ゴロが際どいタイミングでアウトになったことにあるのではないかと推察している。この時打者が一塁手の足を蹴って塁上を越えて走っていたため、一塁手は転倒していた。かなりの衝撃を受けていた。
この時のリプレーを見る限り、際どいとはいえ、打者走者は本能的に相手の足を避けて走るはずであるのに、敢えて足を蹴るような走塁をしていたのが、気になった。打者走者は倒れている一塁手を気遣う風もなかった。恐らく指導者は勝つために選手に相当激しいプレーをするように求めている結果だと推測している。例えば、一塁で投手の牽制で走者が帰塁するときなど一塁手は走者の手を浮かせるように強いタッチを求めたりしているからである。
大阪桐蔭の一塁手は足を蹴られたことが意識に残っていて、また蹴られないように足を浮かして送球を捕球しようとしたことが結果として塁を踏み損ねてしまったのだろうと推察している。
余談になるが、大阪桐蔭も仙台育英も全国から能力のある選手を集めていて、特待生制度などもあって、何人かの選手は授業料の免除や減額をうけているだろう。監督も成績如何で色んな制約を受けるだろうから、勝つために相当厳しい指導をしていることは充分推測できる。高校野球のプロ化とも言われる所以である。
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ビーチバレーボール国際大会エントリーし忘れ [スポーツ]

 日本バレーボール協会は25日、ビーチバレーボールの国際大会にエントリーし忘れ、選手が出場できなくなった問題で、関係者の懲戒処分を決めた。申請を失念した担当職員は就業規則に基づく戒告処分。チェック体制や管理責任に不備があったとして、協会の林孝彦事務局長とビーチバレーボール事業本部の副本部長2人を譴責(けんせき)処分とした。(朝日新聞)
日本バレーボール協会も会長不在で組織が十全に機能していないなかでのこの処分である。しかもこの申請し忘れについては、ビーチバレーボール連盟は自らの重大な失態を隠蔽して選手に頬被りしようとまでしていたという。ホームページを見ても謝罪はおろか、何も触れていない。今後の国内の試合日程が羅列されているだけである。
選手が不祥事を犯したら、厳しい処分をすることだけはするだろうし、国際大会に選ばれた選手が寝過ごしたりして試合に出場が出来なかったりしたら、これまた厳しい処分をすることは間違いない。旅費を返せと言うかも知れない。
会長の決まらないバレーボール協会でも、ビーチバレーボール連盟でもその幹部は現役経験者である場合が多いが、己の選手時代の気持ちを忘れて選手に接しているから、このようなとんでもない失態を惹起するのである。
連盟の幹部は個々の選手達の処に直接出向いて謝罪した様子もない。失敗は避けられないにしても、しくじった時の事後処理の仕方が問われるのである。知らぬ振りしたまま、問題にされなければ、やり過ごそうとする意識が不手際を招く要因の一つになってもいるのであろう。
不手際を犯した担当者は処分されて責任の一端を糊塗できるとしても、その痛恨事を忘れないために、次の国際大会まで謝罪文をせめてホームページ上に載せ続けることくらいはして然るべきであろう。
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スポーツルールの変革 [スポーツ]

野球評論家の張本勲氏が18日、TBS系「サンデーモーニング」(日曜、前8時)の人気コーナー「御意見番スポーツ」に出演し、3人制バスケットボールについて「何が面白いのかねぇ。オリンピックに出るような種目じゃないと思うけどね」と首をひねった。

 3人制バスケットボールは2020年東京五輪で新種目として採用されることが決まっているが、張本氏は「だんだん(スポーツが)コンパクトになるね。時間を短くしたり。野球も七回とか、ゴルフも7ホール、サッカーも20分…」と苦々しい表情。「協会の人もしっかり考えてもらいたいわね」と、ルール改定などでコンパクト化するスポーツ界に苦言を呈した。(デイリースポーツ)
スポーツは元々見るためのものではなく、競技することに目的があるはずだから、参加することに主眼を置けば、三人制バスケであろうが、七人制ラグビーであろうが、やる人が楽しめればいいことで、傍からとやかく言うこともないだろう。
高校野球でも15回で再試合、タイブレークも導入されるとか。元来人は保守的であるから、変化を受け入れるに抵抗感強い。だから、旧来のことが変わると当初は戸惑いを覚えるものであろう。それでも社会人野球で導入されているタイブレーク制もそれはそれなりに面白い。
問題は四年に一度の大会のために巨額の資金(税金)を投下して作った施設の維持に負担を強いていることであろう。その意味では、コンパクト化は施設の簡便化にもなって、経費節約になるだけでなく、多くの人が新しい競技に参加できる事になる利点もあるのかも知れない。
張本氏はコリジョンルールにも否定的であるが、アウトと分かっているのに捕手に体当たりする本塁上のプレーはアンスポーツマンライクプレーとする罰則を設けることでもしないとむしろクロスプレーの興味を半減する。
張本氏も従来の視座とは異なった「喝!」を考えてみてはどうだろうか。
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サッカーのヘディング [スポーツ]

昨日からJリーグの公式戦が始まった。
テレビの国際ニュースかで、イギリスのプロサッカー選手が、引退後、脳に異常が生じたのは、現役時代のヘディングによる脳の損傷が原因であるという報道を見たのを思いだした。
その昔、大学生のサッカーの強くて、社会人と日本一を争っていたりしていた頃、今は跡形もなくなっている西宮のサッカー競技場で八幡製鉄や古河電工の試合や、慶応大学と関学との大学選手権を見たことを思い出す。その当時、ヘディングをする選手やプレーは殆ど見なかった。次第にヘディングが重要なプレーになるにつれて、大学生で眼鏡を掛けた選手が巧みにヘディングをしていたことをやけに覚えている。しかし、今のようにヘディングであのボールを二十メートルも三十メートルも遠くに飛ばしたり、ヘディングシュートなどの場面は見た記憶はない。そんなに多くの試合を観戦していたわけではないが。
当時のボールは皮革製だったろうから、ヘディングの衝撃度は今のような合成皮革のボールに比べて遙かに強かっただろうと推測する。ラグビーでも皮革製の楕円形のボールは、雨中戦などでは、遠くに蹴ることなど難しい状態であった。
サッカーボールの材質が変わってヘディングの頻度も増えていて、コーナーキックなどでヘディングシュートを放つなどは普通のことになった。守備側の選手と競いながらのヘディングシュートなどは相当な衝撃を選手の脳に与えていることは間違いない。コースもヘディングで自由自在に為されている。足で蹴るよりその精度が高い面もあって、足と同じようにヘディングプレーは重要になっている。
日本でも引退後の選手の脳がどのような損傷を受け、障害を惹起しているかを組織的に研究して、その防止を考えるべきであろう。
柔道でも受け身の際の脳の振動はすさまじいものがあって、フランスの柔道界では、その予防や対策に注力しているという報道を見たことがある。日本ではそうしたスポーツ競技で知らないうちに将来の疾病や傷害をもたらす問題について、研究や対策が大々的になされることを徹底化すべきであるように思う。
スポーツが職業として来ているのだから、それこそ労災認定の対象にするぐらいのことを考えるべきなのかも知れない。生命保険にも容易には入れないのがプロスポーツ選手でそれほど危険な職業従事者だと言えるのである。好んでその道に入っているのだかということでは片付けることは出来ないだろう。
競技能力が劣っていて、戦力外通告を受けるのは覚悟のことであろうが、競技中の事故やプレーによってもたらされた後遺症などへの対応も考えるべき時代に来ているように思う。
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森喜朗会長殿の小池都知事批判 [スポーツ]

2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は14日、さいたま市内で開かれた自民党埼玉県連の会合で講演し、競技会場見直しをめぐり、「アスリートファーストでまとめた。そこへ、スポーツや五輪のことをしたことのない方が来て、ガチャッと壊した」と述べ、小池百合子都知事を「何も勉強していない」と批判した。(時事通信)
自分の言葉をもたないので、トランプ氏の「アメリカファースト」を模したつもりなのだろうが、、「アスリートファースト」などとよく言えたものである。「利権第一」を裏返しているようなものである。
森会長が、モスクワオリンピック不参加を決めた時にどのような地位に居て、どのような発言を政府に対してしていたのか、記憶にない。少なくとも強固にオリンピック参加を主張していたという記憶はない。発言力も弱くて声を出せなかったかも知れない。はたまた、政治家は時々の政治判断で問題に対処するという程度の返答が戻ってくるのであろう。或いは、あの時は「何も勉強していなかった。スポーツや五輪のことをしたこともなかった」とでもいうのであろうか。森会長は早稲田のラグビー部に属していたから、スポーツをしたことがないとは言わないだろうが。
今回の東京五輪開催に当たっての、バレーボール協会を含む問題になっている競技連盟の各団体の発言を聞くとスポーツ好きではあるが、選手を含めて彼らの味方をしたくなくなっている。税金を費消することや、政治的判断については判断停止状態にいるように思われることへの深い思慮が感じられないからである。

エアインタビュー疑惑論争 [スポーツ]

『フットボール批評』(株式会社カンゼン発行)及び『Yahoo!ニュース』の原稿にて、ノンフィクション作家の田崎健太氏が指摘している『ワールドサッカーキング』(株式会社フロムワン発行)の選手インタビュー記事における「エアインタビュー疑惑」についてであるが、まずはこの場を借りて、改めて全くの事実無根であると断言させてもらう。(岩本義弘株式会社フロムワン取締役 サッカーキング統括編集長)
田崎健太氏の「エアインタビュー疑惑」のタイトルを見て、タイトルから記事内容の推測が全く出来なかったので、好奇心宜しく通読して、言ってみればサッカー界の世界的著名選手や監督とのインタビュー記事が架空対談ではないかという指摘であることが分かった。
『フットボール批評』も『ワールドサッカーキング』も雑誌名すら知らないサッカー専門誌であるのだが、田崎氏と岩本氏の論点のどちらに分があるのか全く分からない。ただ、このような疑惑が生まれるような土壌がサッカー界にあるのだと言うことだけはよく理解できた。
著名選手や監督の談話内容がサッカー界にとってどれだけ有意義なのかも分からないが、疑惑を疑われるような架空対談、岩本氏によると疑われる筋合いのない対談記事が多くの読者の期待する所なので、困難なルートをたどってでも記事として連載するということなのだと推測する。
最後に論駁している岩本氏が次のように結んでいる。
「株式会社カンゼン及び田崎氏は、今回の“妄想記事”によって、『ワールドサッカーキング』や『ワールドサッカーダイジェスト』だけでなく、きちんとした取材を行って、この出版不況の中、何とか雑誌を出し続けているサッカー雑誌メディアの人々に対して、どのようにして償いをするのだろうか。「サッカー雑誌は恒常的にエアインタビューをしている」という誤ったイメージを流布してしまった罪は、あまりにも重い。」
この結びは反論にはなっていない。感情的な一種の泣き言に聞こえる。同じくスポーツをネタにして飯を食っている「仲間」ではないか。虚実織り交ぜて記事を書くのはお互い様という底意もあるのかもしれない。
自らに理有りとの確信があれば、法的手段に訴えることで償いを迫るのが通常の手段だと思う。恐らくことが外国の記者の書いた記事だという問題などもあって、法的手段に訴えても裁判を維持することが出来ないから、法的手段行使に進めないのであろうと思う。
この論争を読んでいると、次のような提訴記事が出ていた。
「2014年7月に監督の契約を解除されたサッカーJ2清水エスパルスの元監督が、残期間の報酬不払いは不法などとして、同クラブの運営会社を相手取り、82万5千ユーロ(約9300万円)の損害賠償支払いを求め、静岡地裁に提訴したことが関係者への取材で20日、分かった。」(静岡新聞社)
世界のサッカーの総元締めであるFIFA自体が色々な疑惑が取り沙汰されたり、日本代表監督を委嘱した人物に、八百長疑惑が出て、解任されたりということでも分かるような世界なのだから、スポーツ界では最大の勢力をもつ分野の末端の問題であるとは言え、両氏の論争は単に「蝸牛角上の争い」と言って済ませられることでもないかも知れない。その意味では、「架空疑惑記事」と「妄想記事」との問題は、メディアのあり方を考える問題としても看過できない。
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