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2017年07月| 2017年08月 |- ブログトップ

大阪桐蔭と仙台育英戦サヨナラの伏線 [スポーツ]

9回二死から一、二塁の走者が出ていて、次の打者の遊撃ゴロの送球を一塁手がベースを踏み損ねていてセーフの判定で、二死満塁で次打者がサヨナラヒットを放って試合を決した。遊撃手が一塁に送球された瞬間スタンドは大阪桐蔭の勝ちを信じて大きな声援が巻き起こっていたし、テレビで見ていてゲームセットだと思っていたら、アナウンサーがセーフだったと叫んで試合の続くことになって、上の結末を迎えた。
何故一塁手が一塁を踏み損ねたのか。遊撃手の送球が逸れていたわけでもないのだから、ベースを踏んだまま捕球する筈である。それが踏み損ねたのだから、これで勝ったと思って、心ここに在らずだったためなのかもしれないが、一塁手が踏み損ねたのは、七回裏の最後の打者の遊撃ゴロが際どいタイミングでアウトになったことにあるのではないかと推察している。この時打者が一塁手の足を蹴って塁上を越えて走っていたため、一塁手は転倒していた。かなりの衝撃を受けていた。
この時のリプレーを見る限り、際どいとはいえ、打者走者は本能的に相手の足を避けて走るはずであるのに、敢えて足を蹴るような走塁をしていたのが、気になった。打者走者は倒れている一塁手を気遣う風もなかった。恐らく指導者は勝つために選手に相当激しいプレーをするように求めている結果だと推測している。例えば、一塁で投手の牽制で走者が帰塁するときなど一塁手は走者の手を浮かせるように強いタッチを求めたりしているからである。
大阪桐蔭の一塁手は足を蹴られたことが意識に残っていて、また蹴られないように足を浮かして送球を捕球しようとしたことが結果として塁を踏み損ねてしまったのだろうと推察している。
余談になるが、大阪桐蔭も仙台育英も全国から能力のある選手を集めていて、特待生制度などもあって、何人かの選手は授業料の免除や減額をうけているだろう。監督も成績如何で色んな制約を受けるだろうから、勝つために相当厳しい指導をしていることは充分推測できる。高校野球のプロ化とも言われる所以である。
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小池都知事の築地市場移転決着とその説明談話 [政治]

小池都知事は、築地市場移転問題の決着について、私が決めたことだから記録にとどめていないと発言している。これは選挙によって選ばれた首長の発言とは到底思えいない。専制的独裁的な首長の政治姿勢による説明であって、数を恃み、人気に溺れていると言っても言い過ぎではなく、都民ファーストの「名」とも乖離している。説明責任を果たしていないのみならず、決定の過程を闇の中に隠蔽することと同義である。石原慎太郎元都知事と殆ど径庭のない所業である。
民主的制度に支えられて選ばれた為政者が民主主義の理念に少しでも近づく努力をしようとしない所に日本の政治問題の根の深さがあるのかもしれない。
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「共謀罪」改廃の党方針への明記 [政治]

共謀罪は、自公政権で強行採決され、施行の段階に入っている。この法律に内在する危険性は既に言論人や法曹界からも指摘されているとおり、治安維持法よりもタチの悪い法律だと考える。
国民の自由を抑圧する法律について、当初は政権把持者や立法で賛同した議員はその危険度を薄めて説明するのが常である。国民を欺く政治権力者の常套手段でもあるし、国民も反対した政党も時が経つにつれてこの法律の危険性に対して鈍感になってしまうか、この法律の存在すら忘却の彼方に措いてしまいがちである。
今、政界は民進党を離党した国会議員の新党樹立や国民ファーストならぬ日本ファーストの結党が話題になり、新たな政界再編を志向する動きが目立っている。こうした政界再編の中で、施行されている「共謀罪」に反対したことなど忘れているかのように、ささやかれている解散総選挙の準備に備えているのが民進党、共産党、社民党を含む小会派ではないかと推測する。ごまめの歯ぎしり宜しく、少数勢力の無力を惰性的にかこっているかもしれない。
「共謀罪」の危険性と成立過程の不当性に鑑みて、反対した各政党は党の基本政策に「共謀罪」改廃の政策方針を掲げることが重要である。自民党が憲法改廃を党の方針に掲げているように。
日本ファーストは小池都知事の都民ファーストを母体にして結党するようだが、彼らが党の基本政策に「共謀罪」改廃を掲げるか否かが彼らの結党の理念のリトマス試験紙になると考えている。

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現代の天人相関説 [政治]

長寿台風と命名された台風5号はのろのろと日本列島を縦断して各地に甚大な被害をもたらしている。この台風は太平洋上で迷走して戻って来て九州の南端を通って和歌山に上陸している。
古代中国では天子の政が悪いと天変地異が生じるとい考え方があった。逆に言えば天変地異の現象は天子の政治の象徴として意識されていたことになる。そのために天子が退位することはないが、宰相が異常な天変地異の責任を取って退任するということも屡々行われている。合理的根拠を持たぬ迷信と言えば迷信に違いないが、この考え方は絶対的君主権の抑制にもなっていた。
こうした為政者の政治上の行為の良否と自然界の異常な現象とを結びつけて考える古典的いわば迷信的思考に照らし合わすと、この長寿台風の迷走と安倍政権の近時の迷走振りとを結びつけて考えてみたくなる。強い気流に流されることなく足踏みを続けた5号台風と同じように、安倍一強のどこが悪い!と宣うご立派な某女史などの提灯持ちに支えられた傲慢な政治姿勢が長期に居座って暴威を奮っていたのを反映するように、気流が静かに動いて居座っていた強い台風が大きな被害の爪痕を残すことになったのである。
天意と人為を呪術的に結びつける天人相関説である。
今は知らないが、気象庁長官になった人の人となりが気象に反映すると冗談めかして言われていたとか。
支持率という人の語が天の声というのは、古代ギリシャ以来の箴言であろうが、洋の東西を問わず、権力者の横暴を制御する工夫と知恵は権力に悩まされた帰結であろう。
安倍首相は、この異常な台風という自然現象は、自らの政治の為せる結果ではないか、内心忸怩たる思いに駆られているとでも反省の弁を述べていれば、天を畏れ人の言を畏れる為政者だと思うのであるが…
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