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京都市長はアメリカに足を向けて寝られない?! [社会問題]

今朝のモーニングサテライトで京都を訪れる観光客は、三月が最も多く年間を通して落ち込んだ季節の対応を企図しているということが取材報道されていた。京都は言うまでもなく日本でも尤も多くの観光客が訪れる古都である。
東京大阪名古屋など日本の主要として米軍の国際法に違反するような無差別な空襲で壊滅的被害を蒙った中で、京都と奈良は空襲を免れた県庁所在の都市である。これはアメリカの知日派文化人が両都市の空襲を避けるように進言したことによると言われている。今ではこうした歴史の事実を忘却の彼方に消し去ってしまっているかのように、京都市長は和装で朝京都の宣伝をしていたが、知日派文化人の顕彰に思いを馳せることも忘れてはいけないことのように思える。或いは毎年日を決めて顕彰の記念日が設けているのかもしれないが。
日本人から視点からだけでなく、この進言を受け入れた軍首脳の度量も評価出来るが、この両都市を攻撃せずとも勝てるとの算段を立てていたと同時に、原爆を投下した罪の償いを意識していたのかも知れない。
これが仮に日本の旧軍部であれば、こうした進言を謙虚に受け入れていたかどうか。恐らく軍部は歯牙にも掛けなかったであろうと思う。

FEDウオッチャーの解説 [理念]

米FRBの政策金利の動向について、今朝のモーニングサテライトのゲストとして登場するFEDウオッチャーと称される鈴木氏の解説を聞いていると、以前から思っていたことだが、改めてその観を深めた。
ERBの議事内容について、実に詳密な解説がなされて、まるで古典の訓詁注釈と同じなのである。中国の古典でも、日本の古典解釈でも、あるいは西洋の古典解釈の論文をみていても、厳密にテキストを読み比べ、文字の異同を問題にして解釈が試みられる。法律や判例の場合でも厳密に整合性を求めつつ解釈がなされる。恐らく英文学でシェークスピアの古典を読むときでもそうした作業が行われるのだろうし、ドイツ文学、仏文学或いは西洋哲学や東洋哲学インド哲学などの文献に接する場合も同じ事だろうと思う。
学生時代に学んだ外国語の解釈でもそこそこ訳語に気を配り、原意を精確に把握しようとしたものである。総じて言えば、文献の読解力の涵養が求められているといえるだろう。
大阪大学の文学部長が文学の役割というか文学系の学問はどのような時に役に立つのかということの挨拶が話題になっていた。人生の岐路に立つときに役に立つというような見識を述べられていた。
上の文脈で言えば、恐らくその旨はキチンと文献を読み解く力を養う訓練をしていることに尽きると言うことだと解釈できる。精確に文献を把握する努力をしていると言うことは、現実の問題に直面したときにその訓練の成果が自ずから発揮されると言うことが言いたかったのではないかと勝手に解釈している。
役に立つとか役に立たないとかという視点で言えば、直ぐ役立つことは直ぐに役に立たなくなるとも言える。経済を専門にしている人で文学などは糟糠のようなものだと蔑んでのたまった御仁もいたが、無用の用という視点を包括することこそが有用の総体なのではなかろうか。
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昨夜のソフトバンクと樂天戦 [プロ野球]

昨日の試合展開はソフトバンクが負けるように動いていて、予想というか予感が殆ど的中した。
最大のポイントは立ち上がりにつけ込むべき則本投手に対して、一番バッターの明石選手が二球目の悪球に手を出して空振りしたことである。初球と殆ど変わらない高目のボール球を空振りしその後凡打に倒れた。もし見送っていたら四球になっていた。二番の今宮選手が二塁打を打つも、案の定際どい攻めで柳田選手を歩かせ、次のデスパイネ選手は初球を打ってショートゴロの併殺打であった。デスパイネ選手は状況を殆ど無視してフルスイングをするので、樂天バッテリーの術中に見事にはまった。ウイラー選手の悪球には極力手を出さないようにしているのとは好対照である。
今江選手の凡フライがセカンドとセンターの連携ミスで安打にしてしまったこと。その前の盗塁は塁審の位置が悪くてビデオではアウトであったのをセーフに判定された不運があったが、セカンドの高田選手はもっと速く声を出すかして対応すべきだし、柳田選手も突っ込みすぎていた。
そして、リードされているのに森投手を投入したが、この時アマダー選手かウイラー選手のどちらかに本塁打を打たれるだろうとの予感が走ったが、初球をものの見事にアマダー選手にぶち込まれた。この後四球を出すという悪い展開で銀次選手を迎えたところで昇格させたばかりの飯田投手を投げさせるべきだと思ったが、森投手を続投させて移籍したばかりのクルーズ選手に左前安打を打たれてとどめを刺された。
それに二回の攻撃でも一死一塁でフルカウントで走者を走らせて空振り三振併殺で終わっている。三回も併殺打を喫している。ソフトバンクの試合では、一死でフルカウントで一塁走者を走らせて三振併殺はよく見ることでこれまた同じ失敗を繰り返していて、去年と同じように、今年もここぞという肝心な直接対決の試合で勝てないのだから、殆ど優勝は無理なように思った。
去年は栗山采配、今年は樂天の梨田采配と工藤采配の差が出ているように思う。
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ビーチバレーボール国際大会エントリーし忘れ [スポーツ]

 日本バレーボール協会は25日、ビーチバレーボールの国際大会にエントリーし忘れ、選手が出場できなくなった問題で、関係者の懲戒処分を決めた。申請を失念した担当職員は就業規則に基づく戒告処分。チェック体制や管理責任に不備があったとして、協会の林孝彦事務局長とビーチバレーボール事業本部の副本部長2人を譴責(けんせき)処分とした。(朝日新聞)
日本バレーボール協会も会長不在で組織が十全に機能していないなかでのこの処分である。しかもこの申請し忘れについては、ビーチバレーボール連盟は自らの重大な失態を隠蔽して選手に頬被りしようとまでしていたという。ホームページを見ても謝罪はおろか、何も触れていない。今後の国内の試合日程が羅列されているだけである。
選手が不祥事を犯したら、厳しい処分をすることだけはするだろうし、国際大会に選ばれた選手が寝過ごしたりして試合に出場が出来なかったりしたら、これまた厳しい処分をすることは間違いない。旅費を返せと言うかも知れない。
会長の決まらないバレーボール協会でも、ビーチバレーボール連盟でもその幹部は現役経験者である場合が多いが、己の選手時代の気持ちを忘れて選手に接しているから、このようなとんでもない失態を惹起するのである。
連盟の幹部は個々の選手達の処に直接出向いて謝罪した様子もない。失敗は避けられないにしても、しくじった時の事後処理の仕方が問われるのである。知らぬ振りしたまま、問題にされなければ、やり過ごそうとする意識が不手際を招く要因の一つになってもいるのであろう。
不手際を犯した担当者は処分されて責任の一端を糊塗できるとしても、その痛恨事を忘れないために、次の国際大会まで謝罪文をせめてホームページ上に載せ続けることくらいはして然るべきであろう。
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李下に冠を正さず [言葉]

「瓜田に履を納れず」がこの後に続くのだが、後の一句は馴染みが薄い。
安倍首相は昨日の閉会中審査に出席してこの言葉を敢えて言えば弄していた。
李下に冠を正し、瓜田に履を納れたからこそ、閉会中審査なる事態になったのだという認識の欠落がこの言葉を使わしめたとしか言い様がない。それともこの俚諺を念頭に置いておくべきであったという内心の反省の巧まざる吐露だったのであろうか。
昨日の毎日新聞は次のような記事を載せている。
闘病中のマケイン氏がオバマ氏との大統領選挙で争った時、「オバマは信用できない。彼はアラブ人だ」と発言した女性支持者に「違います。彼は家族を愛するまっとうなアメリカ市民です。彼と私はたまたま基本的な事柄について意見が異なるだけです」と諭した。
「オバマ氏が大統領になっても恐れる必要はない。この國の政治は相手への敬意が基本だ」述べたという。

安倍首相は、「こんな人達に負けるわけにはいかない」と激高したことへの反省の弁を述べているが、あの時自民党の青年部がどこからともなく出て来て、青旗を掲げ林立させて安倍首相を防御したことには党総裁として何の反省も述べていない。あの青旗の林立は異常で一種の脅迫めいた印象を抱いた。テレビですらそうだから現場に居た人達はもっと強い脅威を感じたのではないかと推察している。
この青年部の青旗の林立は、自民党という政党の本質が見事に現れていて、稲田防衛相が防衛相としても自衛隊としても選挙には自民党に投じて欲しいというのと同じレベルの意識である。異なった見解の国民は国民とは見なしていない、若しくは見なさないという意識と感覚なのだと言うことである。

ドツかれて味わう痛さかな [政治]

安倍晋三首相が学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設を巡る衆院予算委員会の閉会中審査に応じる意向を示したのは、自らが国会で説明しなければ求心力低下に歯止めがかからないと危惧したためだ。自民党側がいったん決めた予算委開催拒否という方針を自ら覆し、危機感をあらわにした。(毎日新聞)
都民ファーストが圧勝したのも、一面で言えば、安倍首相を党首とする自民公明党の強権的政治支配にドツかれて痛さを味わったからに違いない。これ以上ドツかれるのは堪忍やで!ということである。
安倍首相にしてみれば、「こんな人に負けるわけにはいかない!」と一国の首相の立場を忘れて傲岸になっていたのが、都議選で完敗という痛烈なドツキを食らって痛さを少しばかり感じたのであろう。
無告の民はドツかれなければ、分からないのが通常だとしても、一国の宰相がドツかれなければ、自らを省みることが出来ないというのもうそ寒い話ではなかろうか。
裸の王様とはよく言ったものである。身に纏うものがなくなれば、痛さもひとしおということであろうか。亦哀しからずや、とでも言おうか。
もっとも安倍首相にすれば、何の痛きことか之有らん、なのかもしれない。

共謀罪施行と死刑執行 [政治]

「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が11日、施行された。277に及ぶ対象犯罪には、会社法や金融商品取引法といったビジネス関連の法律も含まれている。違法性を認識し、準備行為を行えば摘発が可能とされ、一部では「多様な検討を行う企業活動の萎縮につながる」と懸念の声が上がる。専門家間でも影響への見解は分かれており、今後の運用が注目されている。(横田良平)(神戸新聞NEXT)
ヤクザが集中的に狙われ、親分クラスまで罪に問われる――。「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が施行されたが、指定暴力団山口組が「共謀罪を考える」と題する文書を組員らに配り、「暴力団目線」で改正法を読み解いている。(朝日新聞デジタル)
法務省は13日、平成3~4年にスナックの女性経営者ら4人が殺害されるなどした警察庁指定119号事件の西川正勝死刑囚(61)=大阪拘置所=と、23年に元同僚の女性を殺害した住田紘一死刑囚(34)=広島拘置所=の死刑を同日午前、執行したと発表した。金田勝年法相は13日午後、会見で「いずれの事件も、誠に身勝手な理由から被害者の尊い人命を奪うなどして極めて残忍。被害者や遺族にとって無念この上ない事件だ」と指摘。「慎重な検討を踏まえたうえで死刑執行命令を発した」と述べた。(産経新聞)
 この三つの記事を見ると、法務省や金田勝年法相及び自民党公明党が政治的に国民を規制し統制しようとしている強権的姿勢が明確に現れているように思えてならない。しかも一人の死刑囚は再審請求申請者であるという。
近隣のご婦人方の間でも井戸端会議をしつつ、共謀罪でチェックされるかも知れないね、と半ば冗談としても、この法律はそうした危惧を抱かせていて、それも長い年月をかけて立法の趣旨が忘れられて来る頃には拡大解釈もされ、国民の自由を圧殺する役割を担うことになるだろう。それほどこの法律の施行は治安維持法に等しい法律なのである。
この法律の成立を評価する人は、後世きっとよくぞ制定してくれていたと思うだろうと言う人も居たが、権力者や支配層にとっての話であろうと忖度している。




閉鎖的な思考とは [言葉]

総合機械メーカーの不二越(富山市不二越本町)が5日、本社の東京一本化を発表した会見の席上、本間博夫会長(71)が採用に関し「富山で生まれ地方の大学に行ったとしても、私は極力採らない」「偏見かも分からないが、閉鎖的な考え方が強い」などと発言した。(北日本新聞)
この記事を読んでどちらが閉鎖的な考え方なのか、疑問を抱いたのは筆者だけではないだろう。
不二越といえば、世界の企業になったのだから、本社の東京一本化に踏み切ったのだろうが、何が閉鎖的であるかはさておいても、閉鎖的な考え方も多様性の一つを形成しているのである。
「本間」という姓からみれば、本間様の一統の流れを汲んでいるのだろうが、夫子自身のことを言っているのかも知れないとも思ったりしている。いずれにせよ思考回路に狂いが生じているのではないかと他事ながら懸念を覚える。

上田利治氏の訃報を読んで [プロ野球]

阪急の黄金時代の礎は西本監督の努力が大きかったのだろうが、上田氏がそれを見事に開花させた。
思い出すのは、阪急の黄金時代、まだ阪急と阪神が電鉄会社として資本統合もする前の時代である。
シーズンの開幕を控えた前日かその前日だったと記憶するが、千里阪急ホテルのロビーで上田監督、山田久志投手と福本豊選手の三人が揃っているのを偶然見かけた。開幕を目前にしてシーズンにどう臨むかを話し合うために、投打の主力選手を呼んだのだろうと推測したことがあった。ネクタイを締め背広姿であったが、生きのいい独特の声とスタイルで上田氏だと分かって、シーズ開幕を実感させたことを思い出す。
上田氏といえば、日本シリーズのヤクルト戦で大杉選手の本塁打を巡って長時間の抗議をしたことが必ず語られる。テレビで見ていて、阪急を応援していたが、しつこいという感想をもった。
当時は審判の権威もまだ充分確立していなかったので、この長時間の中断は、ある意味ではファン無視の抗議でもあった。対戦相手の広岡監督が彼独特の言い方で「あれはホームランですよ」と冷ややかに言い放っていた声も何故か耳に残っている。
上田氏の訃報を知って、広岡氏は、野球界のために何かの提言をする前に亡くなったことを悼む言葉を発していた。広岡氏らしい弔意の表現だとも思ったが、この広岡氏の言葉を読んで、上田氏が大所高所から野球界に対しての発言をしなかったのは、あの長時間の抗議が彼の心の奥底に澱んでいたからではないかと推察したりしている。
上田氏といえば、どこかの監督時代に家族の一員が週刊誌沙汰になるような問題に巻き込まれていて、問題視される前に公言して火種を未然に防ぐ手際の良さも備えていたようなこともあった。
現役の選手としては、何の記録も残さず、記憶にも残らず、三年ほどで現役引退した一方、指導者としての輝かしい成果を残していて、名選手必ずしも名監督ならずの逆のあり方を示した点で球史に名を留めた異彩であったといえる。
プロ野球も八十年の歴史を刻んで、鬼籍に入った名選手も数多くなり、ゴーストブレーブスとかゴーストタイガースとかが結成できるほどになってしまった。
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