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この意見は共謀罪適用対象か。 [政治]

今日の毎日新聞の声欄に「政治劣化に抗議の声を」と題する以下の投稿があった。
「学校法人・加計学園(岡山市)の獣医学部新設問題で、「総理のご意向」文書が存在していたと述べた文部科学省の前川喜平前事務次官の発言に対する、菅義偉官房長官の態度は実に不愉快である。
 自分たちの汚点を隠すために「天下り問題」などを強調し、加計学園に関わる不正を告発した前川氏を”抹殺”しようとする所業は許せるものではない。自分たちに都合の悪い情報は秘匿し、都合の良い情報だけを流しているようだ。こうした政権に民主主義国家を担う資格はない。直ちに退陣すべきである。同学部新設に関与した人物に対しては証人喚問を行い、全てを明らかにすべきである。
 それにしても自民党の国会議員は安倍晋三首相や菅官房長官の顔色をうかがうだけで、国民の代表として選出されていることをどれだけの議員が自覚しているのだろうか。我が国の政治がこれほどまでに劣化していることを国民は認識し、不正をただすために一斉に声を上げるときである。」
 この意見を家人が声を出して読み聞かせてくれたとき、思わずこの意見は共謀罪の対象になるのと違うかと感想を述べた。国民に政府転覆を指嗾していると強引に解釈できるかもしれないのである。流石に現時点では「共謀罪」はまだ成立していないので適用しようもないであろうが、参議院で可決、法案が成立すれば、こうした意見は監視の対象になり、投稿者の身辺もチェックされないとは言えない。
この声を載せた新聞も共謀に荷担したとの科で発行停止処分がないと誰が断言できるであろうか。
今日から始まる参議院の同法の審議で、質問する議員は、この声欄の意見を紹介し、政府の見解を質すことである。
安倍首相や菅義偉官房長官、更には周囲官僚のやっていることは正に戦前の大本営発表に類する情報操作そのものである。
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燻っている交流戦廃止論 [プロ野球]

周知の通り、そもそもセは交流戦の継続に否定的。もうけが少ないうえに、戦績もパの独壇場で、「本音を言えば、今すぐにでもやめたい」(セのある球団幹部)という声がある。交流戦が導入された2005年から2年間は36試合制だったのが、07年から24試合に減り、15年からは今の18試合制になった。セの意向が強く働いた結果だ。
「ドル箱の二刀流大谷がいるからまだ、営業的なマイナスに目をつむっていられるが、その大谷がいない今年の交流戦はどうなるか。観客動員、売り上げをきちんと精査することになる」とは前出の球団幹部。

 その結果によっては、セ側からさらなる交流戦の縮小が提案されるのは必至だ。いや、大谷には今オフのメジャー挑戦の可能性が残されている。仮に海を渡れば、縮小どころか、廃止の声がいよいよ大きくなる。(日刊ゲンダイ)
今朝の日経新聞でも「選球眼」で浜田昭八氏も交流戦問題について上のような趣意に添うような論を展開しつつも、多様なプロ野球の多様な有り様を見られる魅力に言及して交流戦の存続を願う方向で論じている。中でも、ドラフトでくじ運がパの側に味方していることにも触れて、力量面でのパの優位が見られているともいう。またここ五年に限っても打力面では圧倒的にパの打者が優位を保っている。ヤクルトの山田選手が一昨年に首位打者を取ったのが唯一の例である。昨年などは待機中の城所選手が首位打者を取るほどであった。
このような彼我の実力の差の問題は別にして、ドラフトで有力選手がくじ運も手伝ってパの側に指名されているという大勢は興味深いと以前から思っていた。ちなみ言えば、巨人のくじ運が悪くて菅野投手も一年浪人生活を送っている。つまり興業面を含めてパの劣勢が少しずつ変化しつつある前兆ではないかということである。
パリーグ指名打者制度を導入してパの野球が変わった。投手力も打力も向上した面がある。社会人野球では指名打者制度が既に導入されて久しい。のみならず選手にとって働く場所が一つ増えることも大きい。セリーグはパの後塵を拝するのを潔しとしないので、指名打者制度導入をしたくてもできない。得点力不足に悩む今年の巨人など指名打者制度があれば、村田選手の打力と守備力を生かすことも出来たろう。
プロ野球だから、興業面の成否は死活問題であるが、目先の利益や狭い視野だけでプロ野球興業に取り組んでいると没落の道は広いということを知るべきではないか。その予兆をドラフトでのくじ運に見るのである。
交流戦を廃止しても、興業面でも行く行くはパリーグに追いつかれ、実力面では差が開いて十数年後にはセリーグのマイナーリーグ化が生ずるかも知れない。あるいはチームをたたむ球団が何球団か出て来て一リーグになるかもしれない。
セリーグが交流戦廃止を望むなら、パリーグは、セリーグとの交流戦にしがみつかずに、韓国や台湾、更には豪州との間で交流戦を組むのも興味深いのではないかと思っている。
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阪神の黒ユニフォーム [プロ野球]

海老蔵は「さぁカレーライス」と題した投稿で、「どうでもいいけど 昨日の阪神ユニフォームカッコいい!」と記述。黒虎ユニホーム姿の糸井嘉男外野手(35)の画像を貼り付け、「カッコいい…」と繰り返している。阪神が23日に着用した黒ユニホームは1948、49年の大阪タイガース時代の復刻版だ。(デイリースポーツ)
昨夜の巨人阪神戦をテレビで見ていて、昔のユニフォームを着用していたので、セパ両リーグに分裂する前、今は跡形もなくなった西宮球場の右翼側の外野スタンド小学生時代に見た阪神の選手が着ていたことを思い起こした。確か阪神と南海の試合だったと記憶する。
阪神はダイナマイト打線と言われて、藤村選手は言うに及ばず、分裂時に毎日に移籍した別当や土井垣、本堂の各選手らが活躍していた。阪神は確か梶岡投手が投げていて、南海は下手投げの武末投手が投げていたように記憶する。どちらが勝ったのかどうかの記憶はないが、南海では山本監督や木塚遊撃手がプレーをしていた。
半世紀以上も前の苔のむしたようなことを言っても、話の通じる人も殆ど居ないことだろうが、思えば、この黒のユニフォームはダイナマイト打線をイメージしていたのかも知れない。
今の阪神打線は、福留、鳥谷、糸井選手と左打者が主力であるが、当時の阪神は藤村別当、土井垣、本堂選手と右打者が主力であった。左打者では金田外野手がいて、呉選手もいたかも知れないが、定かではない。
昨夜着用していた黒のユニフォームが格好いいとも思わなかったが、この黒のユニフォームの着用がこの日衆議院本会議で強行採決された「共謀罪」の行く末を卜したものでないことを祈りたい。
治安維持法下で弾圧された創価学会が再興して、それを母体とする政治団体からの最初の国会議員が東急フライヤーズの白木儀一郎投手と上林捕手だった。大下選手なども含め、西宮球場で彼らのプレーを見たことも覚えている。後で知ったことが、彼らはベンチの中でもチームメイトに折伏に之努めていたとか。
公明党は「共謀罪」成立に荷担賛同しているが、まるで戦前に創価学会にさえ向けられた思想や宗教弾圧がおとぎ話の世界の出来事であったと勘違いしているのではないかと思うほどであるが、思い過ごしでなければ、杞憂でないことをこれまた祈ろう。

核兵器保有国家の核兵器廃棄は皆無 [政治]

北朝鮮が核兵器を保有して大陸間弾道ミサイルの技術も高度化しているという。核実験では日本海の排他的経済水域外に着弾させたりして、北朝鮮当局は、我が国も攻撃の対象になりうると公言している。
日米韓の首脳は、安保理決議違反だと言って厳重にして断固たる抗議を北朝鮮にしたという。抗議ですんなりと核兵器の実験や脅迫を止めるとは到底思えない。
現在、世界の國で核兵器を保有している國は、米露英仏中国インドパキスタンの七カ国と公然の秘密としてイスラエルも核保有国だと言われる。
国際世論がいくら核兵器の廃絶を呼びかけても、これらの国々で核兵器の廃棄を表明し実践した國はない。先日の国連での核兵器廃絶の条約ですら日本は調印しなかったことは差し置いても、一端核兵器を保有した北朝鮮が核兵器の製造を止めたり、廃棄をしたりするとは到底考えられない。核兵器保有の脅威を盾にとって国際社会に挑戦しているのが外交的姿勢である。
アメリカの国務長官も北朝鮮に対する武力を伴う制裁を実施すれば、想像を絶する悲劇を招くことになると発言している。窮鼠猫を噛むような事態を将来させない対応に外交政策の舵を切ったのかも知れない、と推察したりしている。
さすれば、核兵器を保有しているという儼然たる事実を受け入れて北朝鮮に対応するのが、彼らに核兵器を使わせない外交的方策になるのではないかと考える方がよほど現実的対応のように思える。
我が国の憲法が如何なる戦力も保持しないと明記する中で、自衛隊を創設していることを半世紀に及んで容認してきているのと同じような現実的対応である。理念としては、核兵器の製造保有は容認できないが、事実としてはその保有を受けとめざるを得ないということである。国際社会、国家の安全保障に重大な影響を持つ東アジアの中国、韓国、日本が叡智を集めて対応する事態に立ち至っているように思える。
分断国家の一方が核兵器を保有している時、その統合はひょっとすると朝鮮民族にとって誘惑に駆られることかもしれない。このことは次の問題であるが、上記のことを前提にして我が国までもが核兵器保有の誘惑に駆られる短慮が幅をきかすようになることを危惧するが、原発すら廃止できない政治状況をみるとこの危惧は恐怖に変わるやも知れない。

北朝鮮と韓国の統合 [政治]

韓国の新大統領が誰になるのか、色々取り沙汰されている。
新大統領が北朝鮮の金正恩と気脈を通じて核兵器を保有したまま、朝鮮半島に朝鮮民族としての統一国家を建立したら、どのようになるのであろうか。トランプ大統領は、統一された朝鮮半島に建立された朝鮮民族の統一国家に、米国の安全に重大な影響を与えるとして核攻撃を加えるのであろうか。我が国はその時どのようにアメリカや統一された半島国家に向き合うのであろうか。勿論中国の反応や対応も考慮しなければならない。
朝鮮半島に核兵器を保有した統一国家誕生の悪夢の問題はさておいても、米国の艦船の護衛を担わされた自衛艦は次には米国の艦船に変わって先頭になって最前線に立ち、米国の艦船が日本の自衛艦の護衛を担う日が来るのはそんなに遠くないように想定する。日本が米国の属国でないことの証左として、安倍政権ならば、否自民党政権ならば独立国家の矜恃だとして嬉嬉として受け入れ、国民を巧妙に誘導する報道機関は同盟関係とはそのようなことだとして受忍するための論調を展開するであろう。
いろいろ想像を逞しくすると、日本国の首相は、真に独立国家としての日本を統治し、国民の安寧を守ることが如何に至難な権謀術数に長けた人物でなければならないか、を考えてしまうのである。
米国債すら自由に売れないようにしてしまった歴代の自民党政権を継承する安倍首相がその任に当たるに足る宰相とは到底思えない。米国の意に従うことに腐心して、恰も米国の五十番目か五十一番目の州として認められるか、自治領としての地位を得て、富だけは本国に奉納するかの選択をしているように思われるのである。
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自衛隊の憲法九条への明記の意味する所 [政治]

安倍首相は、憲法改正を政治家としての最重要課題の一つにしているという。
常々疑わしく思っているのであるが、首相は率先して憲法を守るべき立場に居る行政の最高責任者である。その当人が憲法改憲に気炎を上げているのには違和感を覚えてきた。
自民党総裁として憲法改正を云々することは政治家として政治信念の吐露であって何ら問題はない。報道機関も政党政治によるにもかかわらず、原理問題を等閑視して、首相が改憲を主張することが当然のような記事を書き放送している。
こうした混同は、安倍首相をして自ら立法府の長と言うとんでもない発言をさせる要因でもある。議会の長は、何故この失言を問題視して、国会として厳重に抗議をし、議会で謝罪させなかったのか。衆参両院議長の職務怠慢と職責意識の欠落と言ってもいいだろう。
政治家には、政治家活動の自由と思想信条の自由は最大限尊重されなければならないことは論を待たない。しかし、行政府の長たる首相は機関の長として現行法、まして憲法を誰にもまして守る責任を負っている。公務員は憲法を守ることを誓約して任に就くことになっているではないか。
三権分立の基本的対応はおろか、意識もない、つまり権力を掌握した者は野放図に何でも出来るという意識が根底にあり、それを周囲も容認し、かつ批判もしない。恰も絶対君主の持ち主の振る舞いである。
その当事者が、自衛隊を憲法九条に明記すると主張する意図がどこにある。このことを推し進めて考えると問題点は明白ではなかろうか。行き着く先が徴兵制の導入であることは論理的帰結になるのではなかろうか。
制服を着た自衛隊員が地方の私鉄の駅構内で机を並べて自衛官を募集しているのが現状である。さすれば、一端事が生じた時にどうなるかは考えてみるだけで事態の展開は見えるのではなかろうか。憲法に明記された自衛隊に自衛の義務を果たすために、国民は自衛の義務を負うとの大義名分を持ちだして、不足する自衛隊員の補充に関わる規定を立法化することは容易に想定内に入る事案であろう。
日経の論説主幹は、我が国の憲法は他国に比べて「低い『規律密度』と称して、流石に九条に自衛隊の明記をすることまでは主張しないが、理念を掲げるのが憲法であるとすれば、憲法に規律密度を濃くすることを求めるのは、抜け穴を設けると同義だという陥穽を意図的に無視しているように思われる。
大日本帝国憲法が、天皇は神聖にして侵すべからずと規定する一方で、三権を掌握するという神聖性を限定するにも拘わらず、前者、つまり天皇の神聖性を巧みに利用する呪術的憲法として運用されたと同じように、主権在民の現行憲法でも選挙制度の欠陥は無視して、否巧妙に悪用して多数勢力を制した政権与党によって選出された首相は独裁的権限を行使できると独断的に思わせようとして呪縛を強めているのが自民公明党の政治的姿勢ではないか、と考えている。
ついでに言えば、規律密度の濃い憲法を規定せんがために、自衛隊を憲法九条に加えるならば、自衛の義務を果たすために献身するのは、この規定導入に積極的に賛同した自民公明党の幹部の子弟、更にはその支持者が先ずその責務を果たさなればならないとの一項を加えた憲法改正案を出すべきである。それが國を自ら率先して守ることを求める信義であり、国民の安心と安全を守る政治である。国民を権力者の恣意に任せた盾にしないための保証は担保されなければならない。
「民信無くんば立たず」の言に従えば、「蔓草すら猶お除くべからず、況んや云々をや」と言って然るべき権力把持者の許で我々衆庶は手足の置き所を失いかねない状態なのである。
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