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この親分にしてこの子分あり [政治]

更迭された今村前復興大臣は二階幹事長の派閥の会合で暴言を放った。その二階幹事長は暴言の問題を報道の質の問題にすり替えて擁護したつもりになっている。震災地で苦難を強いられている人々への心遣いなどさらさらないことを二階幹事長も暴露しているようなものである。政権与党の幹事長がこのような政治姿勢であるから、復興の道も日暮れて道遠しというように被災者が不信を募らすのも宜なる哉であろう。
安倍首相も震災者の心情を逆なでするような不適切な発言だったと言っているが、五輪招致の際の原発事故は完全にアンダーコントロールされていると嘯いていたのだから、その言葉も被災者に響くものではなかったろう。そもそも今村氏のような人物を任命したところに復興対応の姿勢の軽さが見て取れるし、事実をねじ曲げ、覆い隠してまでオリンピック招致に情熱を傾けたところにその政治感覚と政治運営の本質があるのだということなのであろう。
今村氏は本心から謝罪しているのであれば、議員辞職をして福島や岩手や宮城県でなくても、甚大な震災を蒙って今なお苦しんでいる隣県熊本の被災地のために粉骨砕身して政治家としての再起を図るべきであろう。そのことが大臣まで務めた為政者としての「復興」ではないかと存念する。
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かしこまりました。 [言葉]

漢字表記すると、「畏まりました」となる。友人と訪れた某ビヤホールでのこと。
我々の注文を受けた若い女性店員が上記の言葉で応答したので、ここの店での接客教育による言葉遣いなのかどうかを尋ねたら、前勤めていた店で使っていた言葉だとのことであった。
そんなにいろいろな店に顔を出している訳でもないので、この言葉は普通に使われているのかもしれないが、客に対する言葉としては行き届いていると感じた。漢語の響きを残す「承知しました」とも違い、また「承りました」とも異なる床しさが感じさせた。英語では、Yes,sir. Yes ma'am. とか、Certainly.と表現するようだが、平板な響きを感じるが、この「畏まりました」というのは、語感からみても客との距離を保ちつつ、注文を受けた有り難さをも表していて、そこはかとない床しさを感じさせる表現のように思われる。
およそ半世紀も前の事になるが、十代の少年に「恐れ多い」とはどういう意味かと問われて面食らった事があった。そのことを恩師に言うと笑いながら「それこそ恐れ多いことですね」と返答されたことがあった。
何となく使って分かったつもりでいたが、よく考えてみれば、「恐れ多い」というのも「畏まる」というのも、難しい言葉である。神聖なるもの、優れたもの、或は疎かにしてはならないもに対して向き合うときの心的境地を表現するものであろう。向き合う側からすると己の存在を向き合うものよりもより小さなものと認識している心的状態であると言えるであろうか。
今朝の朝刊の雑誌の広告面に「田母神、只今、晴レテ帰還シマシタ!」「不徳を恥じるも私心なし」との独占手記が掲載されているとあった。公職選挙法違反容疑で逮捕され、170日の勾留が明けたことをこのように表現している。公選法違反は不徳ではなく、違法行為であって犯罪である。公職選挙法違反を犯しながら晴れて帰還したもないと思う。この程度の法や徳の理解で航空幕僚長の任についていたのであろうか。彼の理解では、公職選挙法は法ではなく、選挙運動は徳で対処すべきこということになろう。不徳というのだから、公職選挙法に違背したことは認めるが、法的には違反していない、少なくともとるに足らない些末な問題だという論理になる。横領罪は不起訴とあるから、公選法違反では起訴されているのだから、紛う事なく法律違反を犯しているのである。言ってみれば、徳に悖り、法にも触れた行為をしたことを自ら認めていて、どうして「晴レテ」と言えるのかそれこそ、「恐れ多い」知性と感性である。世間ではこのような所業は、尊大きわまりないとか厚顔無恥というのではなかろうか。こうした意識や感性は、更迭された復興担当大臣の東北大震災に対する暴言と通底しているのであろうか。
ついでに申せば、この同じ雑誌の広告に、某有力大学の名誉教授が<教育勅語「一旦緩急あれば」でよいのです>という表題が載っている。推察するに、緩急という漢語表現は、多少のように対になる熟語の構造で片方の少の字に重きが置かれているのと同じように、緩いには意味の重点がなく急なる字に意味があるということを問題にされているのではなかろうか。もしこの論が、教育勅語の中身の思想を問題視せずに表現の問題だけに焦点を当てて、教育勅語それ自体の評価に触れていないとすれば、緩急を誤解したのと同じ事になるであろう。
名誉教授は、学校教育法上認められている称号であるが、著者自身の関わりのないところで、雑誌の編集者が、内容の権威付けに用いているとすれば、これまた「恐れ多い」所業である。
「虚しくは名有らず」ともいうので、名も重要な表徴であるが、もっと重要な事は内容であり、中身であろう。東京都民が知事選びに不明であったのはその最たるものの一つかもしれない。

フランス大統領候補ルペン氏の党首辞任 [政治]

より多くの支持を得る為めの辞任だと評されている。この変わり身はオランド大統領ではないが、危険な兆候であろう。何故なら大統領になれば、また党首として公言してきていたことを実行に移そうとするに違いないからである。支持の拡大を得たい為なら、党首として党の政策を支持を得るように変えるのが筋であろう。
二人の候補はどちらが大統領になっても首相の選任、政策遂行などで議会との軋轢は生ずると予測されているので、そのことを意識しての辞任かもしれないが、計算づくなのかもしれないが、唐突なその変幻自在ぶりは本来の支持者は別にして揺れている有権者の支持を得られるかどうか。むしろ信頼できない為政者という評価を得ることになるように思われる。
アメリカのトランプ大統領は、類は類を呼ぶということなのだろうか、ルベン氏を支持する発言をしているが、却ってマイナスに働くように思える。フランス人を筆頭にして欧州大陸の人はどちらかというとアメリカやアメリカ人を評価するに吝かな傾向があるようだし、一種の内政干渉に近い点もあるから、むしろ反発を買うのではないかと思う。

比例代表制選出の長島議員の民進党離党と議員資格 [政治]

長島昭久議員が民進党を離党した。民進党が共産党との連携を深めていることについて、政治信条としてこの党にとどまることが出来ないと言うのが、離党の大きな理由である。彼は比例代表で選出されている議員である。
民進党は彼を除名処分にして、かつ議員辞職も求めている。長島氏は、議員辞職には応じていない。新党結成に動いているとも報ぜられている。新党結成の前に、まず議員辞職をするのが政治家として当然の責務であろう。なぜなら民進党の比例代表で当選しているからである。
彼は民進党の政策変質が許されないとして離党を決意をしている。政党は時代や政治状況で政策を変えることもある。自己の政治信条と相容れないというのであれば、政党人として党内で自己の政治信条に添うように各党員に自己の主張を説き続け多数の賛同者を得るように努めるのが筋であろう。多数派工作に努める道半ばにして退却するのが今回の離党行為であろう。
従って、自己の政治信条と異なる政党の比例代表議員として選出された議席だけは維持しようをするのは、何の為に政治家を志しているのかという根本的政治姿勢や政治信条を自ら蔑ろにしているということになろう。そもそもそのような高邁な政治信条などは脇に置いて議員を続けたいというのであれば、民進党の政策変更を理由にして民進党を批判することは自己撞着になる。民進党の党是の変容は許されないが、自己の政治信条の変身は許して貰いたい、貰えるというのであるから低劣な政治姿勢だとも言える。
彼は民主党政権下で防衛副大臣を務めている。自己の都合や利害を優先する政治家が防衛副大臣を務めるのだから、一端事あった時の政治行動がどのようになるのかは推測するだけで心寒いものがある。
そもそも論から言えば、比例代表制などを導入している現行の選挙制度に問題があることが明白であろう。
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山本地方創生大臣のがん発言の問題点 [社会問題]

山本幸三地方創生担当相(衆院福岡10区)は16日、大津市での講演後、観光やインバウンド(訪日外国人)による地方創生に関する質疑で、「一番のがんは文化学芸員だ。観光マインドが全く無く、一掃しないとだめだ」と述べた。法に基づく専門職員の存在意義を否定する発言で、波紋を広げそうだ。(毎日新聞)

学芸員の職務内容に対する無知が第一点。がんという病気に対する無知が第二点。権力乱用の意識と意図が第三点。文化遺産の継承周知と文化遺産の観光事業との区別に対する不見識が第四点。観光事業による観光客の誘致が地方創生だとしか考えていない自己の職務内容に対する偏狭な理解しか持っていないのが第五点。
根本的には、過疎化などの人口減少に伴う地方の増大が地方創生担当相を設けなければならなくなっていることの認識の欠如欠落していることが根底にある。つまり自己の職務内容が殆ど把握できないまま職務を遂行しているということである。言ってみれば、無免許で自動車を運転しているようなものである。
第一点の問題については、既に現場の側から指弾されている。
第二点の比喩発言は、がんに罹患した者、殊にがんを摘出手術できないがん患者は「死ね」「死ぬしかない」「無用な存在」ということを含意していて、癌学会やがん患者からの厳しい弾劾があってしかるべき暴言である。彼はがんとは無縁だと思っているのであろうか。
暴言を吐いて陳謝しているが、陳謝するよりも自己の職務内容を充分理解せずに地位に就いていることの反省が先ず為されるべきである。
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天皇譲位後の問題 [理念]

譲位の儀式が検討されているとの報道がある。譲位というのは、一種の隠棲の意思の表明でもあるから、大々的に儀式をするよりは、天皇が譲位に至ったお気持ちを国民に向かって述べられるだけで十分なようにも思う。
また、皇室典範の規定か何かで譲位後の復位を認めないという規定を条文化するとかいうのも象徴天皇を実権を持つ機関の位置づけをするように思えてならない。
復位を問題にするというのは、裏返せば、天皇の強制的退位もあり得ることを含意していると思えるからである。主権在民下での象徴天皇の意味を無視、ないしは政治的に利用しようとする天皇の権威権勢の影をそこに潜ませているように思われるのである。
言葉によって表現される規定や条文とはそういうように解釈されて、利用されかねないものである。復位云々の規定や条文は盛り込まないことである。それが譲位の意向を示された今上天皇への敬意であり、尊崇であろう。

パン屋とお菓子屋論争 [言葉]

教科書で、パン屋と記した記述が日本的なるものを外来語で表現するのが不適切だとかの理由で、改筆を迫られ、お菓子屋に改めて審査を通ったということを聞いて、文科省の教科書検定者の日本文化理解の質を疑った。
教科書検定を否定する立場の人もいるが、教科書の執筆者には大らかな人もいて第三者の点検も必要な事例も数多くあるようだから、その問題は別にしても、戦前の野球用語のアウトをダメと言わせたりするのと何ら変わりはない。
パン業界の人達が自らの貢献を強調する前に、思想表現の自由や日本語の問題を取り上げるべきであった。
パンは、辞書によるとポルトガル語に由来するようだが、この言葉が人口に膾炙したのが明治維新後だとしても、一世紀は優に超えている。
菓子の、「菓」は「果」と同義語で、「子」は「金子」の所で既に触れたように中国語の接尾辞的語であって、「果子」は中国語では「果物」のことをいう。菓子も同じである。
ただ、日本では、今風に言えばスイーツに類するものを「菓子」と使い分けているにすぎない。従って、パンも菓子も外来語に由来しているのであって、菓子の用例には少しばかり工夫が働いているだけに過ぎない。
菓子パンという日本独自のパン進化もあるではないか。
教科書の文章を改めさせる根拠としては余りにも貧弱な日本語や日本文化への理解である。

「金子」 [言葉]

昨日の毎日新聞で漢字の使い方の問題に関連して、過日の証人喚問で籠池氏が「金子」という余り最近では使わない言葉を使っていたと書いていた。
籠池氏は沖縄県の翁長知事を中国の手先と侮辱的な発言をSNSで発信していることについては既に記した。
この「金子」という語の「子」は、名詞の後に接尾辞的に使って名詞を作る中国語に基づいている。「帽子」などもそうだし、成人未満の子供を中国語で「孩子」と言ったりするのもそれに当たる。
漢字・漢語や中国語を使わずに意思を表現するのは至難であるが、わざわざ我々が日常に使い慣れない言葉を使って金銭のことを表現しているのである。彼らが国粋主義者として右翼的思想を誇って韓国や中国を軽侮したりしていても、その中身は知れている、中国的思考の影響を受けているということなのであろう。そうした自覚もないのに日本的な思想として教育勅語を教育理念に掲げたりするのも摩訶不思議である。
いっそ大阪人として「ぜぜこ」と「じぇじぇこ」と言った方が国粋的だったのではなかろうか。
産経新聞は、籠池氏の小学校設立に寄付した人の籠池氏批判を挙げて、彼の虚偽性や詐欺まがいを批判して安倍首相夫妻の擁護に躍起になっているようだが、そうした安倍首相夫妻の荷担をすればするほど、安倍首相夫妻と籠池氏とは類が類を呼んだのだということを暗々裏に語っているようなものであろう。