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「男女七歳にして席を同じうせず」誤読と誤解 [言葉]

今日の日経の「遊遊漢字学」のコラムで漢字学の大家が「男女七歳にして席を同じうせず」の誤解が、「戦前の日本の小学校は、男女が同じ学校の敷地にいたが、三年以上はクラスが男女に分かれていた。」という教育政策を生んだと指摘されている。
そして、『誤読の原因は、「席」という字を「座席」と解釈したことにある。「席」は、ふとんの意であって、「席」は本来「敷物・ゴザ」を表し、ここでは「ふとん」という意味で使われている。「男女七歳にして席を同じうせず」は、男の子と女の子は七歳になったら同じふとんで寝かせてはいけない、という意味であった」と大胆な解釈をされている。
詩経には、「我が心石にあらず、転ずべからず、我が心席にあらず、巻くべからず」という一句もあって、ここの「席」も上で言う「敷物・ゴザ」つまり「むしろ」である。座るために用いられるむしろを表す席の字が、敷衍されて、経書でも座位あるいは座る場所を表す意味で使われている。従って男女七歳にして席を同じうせずの席を座席と解釈するのが誤読と言い切ることはできないだろう。
そもそも原典である「内則」篇を載せる「礼記(らいき)」なる書物、及びそこに書かれていることを含め、礼それ自体は、「礼は庶人に下らず」というように、士大夫以上の身分に適用される規範であって、その規範を義務教育の小学校に援用した教育政策と思想の担い手が何を国民に求めていたかが問われるべきことのように思う。
誤読ではなく、誤解を敢えてしてまで、つまり曲解までして教育政策を遂行して国民を教導しようとした政権把持者が大日本帝国憲法と教育勅語を生んだ意識精神だと言うことであろう。今でも女性天皇や女性宮家に否定的な立場の人達の意識と通底するのだろう。
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