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阪神の黒ユニフォーム [プロ野球]

海老蔵は「さぁカレーライス」と題した投稿で、「どうでもいいけど 昨日の阪神ユニフォームカッコいい!」と記述。黒虎ユニホーム姿の糸井嘉男外野手(35)の画像を貼り付け、「カッコいい…」と繰り返している。阪神が23日に着用した黒ユニホームは1948、49年の大阪タイガース時代の復刻版だ。(デイリースポーツ)
昨夜の巨人阪神戦をテレビで見ていて、昔のユニフォームを着用していたので、セパ両リーグに分裂する前、今は跡形もなくなった西宮球場の右翼側の外野スタンド小学生時代に見た阪神の選手が着ていたことを思い起こした。確か阪神と南海の試合だったと記憶する。
阪神はダイナマイト打線と言われて、藤村選手は言うに及ばず、分裂時に毎日に移籍した別当や土井垣、本堂の各選手らが活躍していた。阪神は確か梶岡投手が投げていて、南海は下手投げの武末投手が投げていたように記憶する。どちらが勝ったのかどうかの記憶はないが、南海では山本監督や木塚遊撃手がプレーをしていた。
半世紀以上も前の苔のむしたようなことを言っても、話の通じる人も殆ど居ないことだろうが、思えば、この黒のユニフォームはダイナマイト打線をイメージしていたのかも知れない。
今の阪神打線は、福留、鳥谷、糸井選手と左打者が主力であるが、当時の阪神は藤村別当、土井垣、本堂選手と右打者が主力であった。左打者では金田外野手がいて、呉選手もいたかも知れないが、定かではない。
昨夜着用していた黒のユニフォームが格好いいとも思わなかったが、この黒のユニフォームの着用がこの日衆議院本会議で強行採決された「共謀罪」の行く末を卜したものでないことを祈りたい。
治安維持法下で弾圧された創価学会が再興して、それを母体とする政治団体からの最初の国会議員が東急フライヤーズの白木儀一郎投手と上林捕手だった。大下選手なども含め、西宮球場で彼らのプレーを見たことも覚えている。後で知ったことが、彼らはベンチの中でもチームメイトに折伏に之努めていたとか。
公明党は「共謀罪」成立に荷担賛同しているが、まるで戦前に創価学会にさえ向けられた思想や宗教弾圧がおとぎ話の世界の出来事であったと勘違いしているのではないかと思うほどであるが、思い過ごしでなければ、杞憂でないことをこれまた祈ろう。
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