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かしこまりました。 [言葉]

漢字表記すると、「畏まりました」となる。友人と訪れた某ビヤホールでのこと。
我々の注文を受けた若い女性店員が上記の言葉で応答したので、ここの店での接客教育による言葉遣いなのかどうかを尋ねたら、前勤めていた店で使っていた言葉だとのことであった。
そんなにいろいろな店に顔を出している訳でもないので、この言葉は普通に使われているのかもしれないが、客に対する言葉としては行き届いていると感じた。漢語の響きを残す「承知しました」とも違い、また「承りました」とも異なる床しさが感じさせた。英語では、Yes,sir. Yes ma'am. とか、Certainly.と表現するようだが、平板な響きを感じるが、この「畏まりました」というのは、語感からみても客との距離を保ちつつ、注文を受けた有り難さをも表していて、そこはかとない床しさを感じさせる表現のように思われる。
およそ半世紀も前の事になるが、十代の少年に「恐れ多い」とはどういう意味かと問われて面食らった事があった。そのことを恩師に言うと笑いながら「それこそ恐れ多いことですね」と返答されたことがあった。
何となく使って分かったつもりでいたが、よく考えてみれば、「恐れ多い」というのも「畏まる」というのも、難しい言葉である。神聖なるもの、優れたもの、或は疎かにしてはならないもに対して向き合うときの心的境地を表現するものであろう。向き合う側からすると己の存在を向き合うものよりもより小さなものと認識している心的状態であると言えるであろうか。
今朝の朝刊の雑誌の広告面に「田母神、只今、晴レテ帰還シマシタ!」「不徳を恥じるも私心なし」との独占手記が掲載されているとあった。公職選挙法違反容疑で逮捕され、170日の勾留が明けたことをこのように表現している。公選法違反は不徳ではなく、違法行為であって犯罪である。公職選挙法違反を犯しながら晴れて帰還したもないと思う。この程度の法や徳の理解で航空幕僚長の任についていたのであろうか。彼の理解では、公職選挙法は法ではなく、選挙運動は徳で対処すべきこということになろう。不徳というのだから、公職選挙法に違背したことは認めるが、法的には違反していない、少なくともとるに足らない些末な問題だという論理になる。横領罪は不起訴とあるから、公選法違反では起訴されているのだから、紛う事なく法律違反を犯しているのである。言ってみれば、徳に悖り、法にも触れた行為をしたことを自ら認めていて、どうして「晴レテ」と言えるのかそれこそ、「恐れ多い」知性と感性である。世間ではこのような所業は、尊大きわまりないとか厚顔無恥というのではなかろうか。こうした意識や感性は、更迭された復興担当大臣の東北大震災に対する暴言と通底しているのであろうか。
ついでに申せば、この同じ雑誌の広告に、某有力大学の名誉教授が<教育勅語「一旦緩急あれば」でよいのです>という表題が載っている。推察するに、緩急という漢語表現は、多少のように対になる熟語の構造で片方の少の字に重きが置かれているのと同じように、緩いには意味の重点がなく急なる字に意味があるということを問題にされているのではなかろうか。もしこの論が、教育勅語の中身の思想を問題視せずに表現の問題だけに焦点を当てて、教育勅語それ自体の評価に触れていないとすれば、緩急を誤解したのと同じ事になるであろう。
名誉教授は、学校教育法上認められている称号であるが、著者自身の関わりのないところで、雑誌の編集者が、内容の権威付けに用いているとすれば、これまた「恐れ多い」所業である。
「虚しくは名有らず」ともいうので、名も重要な表徴であるが、もっと重要な事は内容であり、中身であろう。東京都民が知事選びに不明であったのはその最たるものの一つかもしれない。
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