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大阪桐蔭と仙台育英戦サヨナラの伏線 [スポーツ]

9回二死から一、二塁の走者が出ていて、次の打者の遊撃ゴロの送球を一塁手がベースを踏み損ねていてセーフの判定で、二死満塁で次打者がサヨナラヒットを放って試合を決した。遊撃手が一塁に送球された瞬間スタンドは大阪桐蔭の勝ちを信じて大きな声援が巻き起こっていたし、テレビで見ていてゲームセットだと思っていたら、アナウンサーがセーフだったと叫んで試合の続くことになって、上の結末を迎えた。
何故一塁手が一塁を踏み損ねたのか。遊撃手の送球が逸れていたわけでもないのだから、ベースを踏んだまま捕球する筈である。それが踏み損ねたのだから、これで勝ったと思って、心ここに在らずだったためなのかもしれないが、一塁手が踏み損ねたのは、七回裏の最後の打者の遊撃ゴロが際どいタイミングでアウトになったことにあるのではないかと推察している。この時打者が一塁手の足を蹴って塁上を越えて走っていたため、一塁手は転倒していた。かなりの衝撃を受けていた。
この時のリプレーを見る限り、際どいとはいえ、打者走者は本能的に相手の足を避けて走るはずであるのに、敢えて足を蹴るような走塁をしていたのが、気になった。打者走者は倒れている一塁手を気遣う風もなかった。恐らく指導者は勝つために選手に相当激しいプレーをするように求めている結果だと推測している。例えば、一塁で投手の牽制で走者が帰塁するときなど一塁手は走者の手を浮かせるように強いタッチを求めたりしているからである。
大阪桐蔭の一塁手は足を蹴られたことが意識に残っていて、また蹴られないように足を浮かして送球を捕球しようとしたことが結果として塁を踏み損ねてしまったのだろうと推察している。
余談になるが、大阪桐蔭も仙台育英も全国から能力のある選手を集めていて、特待生制度などもあって、何人かの選手は授業料の免除や減額をうけているだろう。監督も成績如何で色んな制約を受けるだろうから、勝つために相当厳しい指導をしていることは充分推測できる。高校野球のプロ化とも言われる所以である。
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小池都知事の築地市場移転決着とその説明談話 [政治]

小池都知事は、築地市場移転問題の決着について、私が決めたことだから記録にとどめていないと発言している。これは選挙によって選ばれた首長の発言とは到底思えいない。専制的独裁的な首長の政治姿勢による説明であって、数を恃み、人気に溺れていると言っても言い過ぎではなく、都民ファーストの「名」とも乖離している。説明責任を果たしていないのみならず、決定の過程を闇の中に隠蔽することと同義である。石原慎太郎元都知事と殆ど径庭のない所業である。
民主的制度に支えられて選ばれた為政者が民主主義の理念に少しでも近づく努力をしようとしない所に日本の政治問題の根の深さがあるのかもしれない。
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「共謀罪」改廃の党方針への明記 [政治]

共謀罪は、自公政権で強行採決され、施行の段階に入っている。この法律に内在する危険性は既に言論人や法曹界からも指摘されているとおり、治安維持法よりもタチの悪い法律だと考える。
国民の自由を抑圧する法律について、当初は政権把持者や立法で賛同した議員はその危険度を薄めて説明するのが常である。国民を欺く政治権力者の常套手段でもあるし、国民も反対した政党も時が経つにつれてこの法律の危険性に対して鈍感になってしまうか、この法律の存在すら忘却の彼方に措いてしまいがちである。
今、政界は民進党を離党した国会議員の新党樹立や国民ファーストならぬ日本ファーストの結党が話題になり、新たな政界再編を志向する動きが目立っている。こうした政界再編の中で、施行されている「共謀罪」に反対したことなど忘れているかのように、ささやかれている解散総選挙の準備に備えているのが民進党、共産党、社民党を含む小会派ではないかと推測する。ごまめの歯ぎしり宜しく、少数勢力の無力を惰性的にかこっているかもしれない。
「共謀罪」の危険性と成立過程の不当性に鑑みて、反対した各政党は党の基本政策に「共謀罪」改廃の政策方針を掲げることが重要である。自民党が憲法改廃を党の方針に掲げているように。
日本ファーストは小池都知事の都民ファーストを母体にして結党するようだが、彼らが党の基本政策に「共謀罪」改廃を掲げるか否かが彼らの結党の理念のリトマス試験紙になると考えている。

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現代の天人相関説 [政治]

長寿台風と命名された台風5号はのろのろと日本列島を縦断して各地に甚大な被害をもたらしている。この台風は太平洋上で迷走して戻って来て九州の南端を通って和歌山に上陸している。
古代中国では天子の政が悪いと天変地異が生じるとい考え方があった。逆に言えば天変地異の現象は天子の政治の象徴として意識されていたことになる。そのために天子が退位することはないが、宰相が異常な天変地異の責任を取って退任するということも屡々行われている。合理的根拠を持たぬ迷信と言えば迷信に違いないが、この考え方は絶対的君主権の抑制にもなっていた。
こうした為政者の政治上の行為の良否と自然界の異常な現象とを結びつけて考える古典的いわば迷信的思考に照らし合わすと、この長寿台風の迷走と安倍政権の近時の迷走振りとを結びつけて考えてみたくなる。強い気流に流されることなく足踏みを続けた5号台風と同じように、安倍一強のどこが悪い!と宣うご立派な某女史などの提灯持ちに支えられた傲慢な政治姿勢が長期に居座って暴威を奮っていたのを反映するように、気流が静かに動いて居座っていた強い台風が大きな被害の爪痕を残すことになったのである。
天意と人為を呪術的に結びつける天人相関説である。
今は知らないが、気象庁長官になった人の人となりが気象に反映すると冗談めかして言われていたとか。
支持率という人の語が天の声というのは、古代ギリシャ以来の箴言であろうが、洋の東西を問わず、権力者の横暴を制御する工夫と知恵は権力に悩まされた帰結であろう。
安倍首相は、この異常な台風という自然現象は、自らの政治の為せる結果ではないか、内心忸怩たる思いに駆られているとでも反省の弁を述べていれば、天を畏れ人の言を畏れる為政者だと思うのであるが…
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京都市長はアメリカに足を向けて寝られない?! [社会問題]

今朝のモーニングサテライト京都を訪れる観光客は、三月が最も多く年間を通して落ち込んだ季節の対応を企図しているということが取材報道されていた。京都は言うまでもなく日本でも尤も多くの観光客が訪れる古都である。
東京大阪名古屋など日本の主要として米軍の国際法に違反するような無差別な空襲で壊滅的被害を蒙った中で、京都と奈良は空襲を免れた県庁所在の都市である。これはアメリカの知日派文化人が両都市の空襲を避けるように進言したことによると言われている。今ではこうした歴史の事実を忘却の彼方に消し去ってしまっているかのように、京都市長は和装で朝京都の宣伝をしていたが、知日派文化人の顕彰に思いを馳せることも忘れてはいけないことのように思える。或いは毎年日を決めて顕彰の記念日が設けているのかもしれないが。
日本人から視点からだけでなく、この進言を受け入れた軍首脳の度量も評価出来るが、この両都市を攻撃せずとも勝てるとの算段を立てていたと同時に、原爆を投下した罪の償いを意識していたのかも知れない。
これが仮に日本の旧軍部であれば、こうした進言を謙虚に受け入れていたかどうか。恐らく軍部は歯牙にも掛けなかったであろうと思う。

FEDウオッチャーの解説 [理念]

米FRBの政策金利の動向について、今朝のモーニングサテライトのゲストとして登場するFEDウオッチャーと称される鈴木氏の解説を聞いていると、以前から思っていたことだが、改めてその観を深めた。
ERBの議事内容について、実に詳密な解説がなされて、まるで古典の訓詁注釈と同じなのである。中国の古典でも、日本の古典解釈でも、あるいは西洋の古典解釈の論文をみていても、厳密にテキストを読み比べ、文字の異同を問題にして解釈が試みられる。法律や判例の場合でも厳密に整合性を求めつつ解釈がなされる。恐らく英文学でシェークスピアの古典を読むときでもそうした作業が行われるのだろうし、ドイツ文学、仏文学或いは西洋哲学や東洋哲学インド哲学などの文献に接する場合も同じ事だろうと思う。
学生時代に学んだ外国語の解釈でもそこそこ訳語に気を配り、原意を精確に把握しようとしたものである。総じて言えば、文献の読解力の涵養が求められているといえるだろう。
大阪大学の文学部長が文学の役割というか文学系の学問はどのような時に役に立つのかということの挨拶が話題になっていた。人生の岐路に立つときに役に立つというような見識を述べられていた。
上の文脈で言えば、恐らくその旨はキチンと文献を読み解く力を養う訓練をしていることに尽きると言うことだと解釈できる。精確に文献を把握する努力をしていると言うことは、現実の問題に直面したときにその訓練の成果が自ずから発揮されると言うことが言いたかったのではないかと勝手に解釈している。
役に立つとか役に立たないとかという視点で言えば、直ぐ役立つことは直ぐに役に立たなくなるとも言える。経済を専門にしている人で文学などは糟糠のようなものだと蔑んでのたまった御仁もいたが、無用の用という視点を包括することこそが有用の総体なのではなかろうか。
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昨夜のソフトバンクと樂天戦 [プロ野球]

昨日の試合展開はソフトバンクが負けるように動いていて、予想というか予感が殆ど的中した。
最大のポイントは立ち上がりにつけ込むべき則本投手に対して、一番バッターの明石選手が二球目の悪球に手を出して空振りしたことである。初球と殆ど変わらない高目のボール球を空振りしその後凡打に倒れた。もし見送っていたら四球になっていた。二番の今宮選手が二塁打を打つも、案の定際どい攻めで柳田選手を歩かせ、次のデスパイネ選手は初球を打ってショートゴロの併殺打であった。デスパイネ選手は状況を殆ど無視してフルスイングをするので、樂天バッテリーの術中に見事にはまった。ウイラー選手の悪球には極力手を出さないようにしているのとは好対照である。
今江選手の凡フライがセカンドとセンターの連携ミスで安打にしてしまったこと。その前の盗塁は塁審の位置が悪くてビデオではアウトであったのをセーフに判定された不運があったが、セカンドの高田選手はもっと速く声を出すかして対応すべきだし、柳田選手も突っ込みすぎていた。
そして、リードされているのに森投手を投入したが、この時アマダー選手かウイラー選手のどちらかに本塁打を打たれるだろうとの予感が走ったが、初球をものの見事にアマダー選手にぶち込まれた。この後四球を出すという悪い展開で銀次選手を迎えたところで昇格させたばかりの飯田投手を投げさせるべきだと思ったが、森投手を続投させて移籍したばかりのクルーズ選手に左前安打を打たれてとどめを刺された。
それに二回の攻撃でも一死一塁でフルカウントで走者を走らせて空振り三振併殺で終わっている。三回も併殺打を喫している。ソフトバンクの試合では、一死でフルカウントで一塁走者を走らせて三振併殺はよく見ることでこれまた同じ失敗を繰り返していて、去年と同じように、今年もここぞという肝心な直接対決の試合で勝てないのだから、殆ど優勝は無理なように思った。
去年は栗山采配、今年は樂天の梨田采配と工藤采配の差が出ているように思う。
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ビーチバレーボール国際大会エントリーし忘れ [スポーツ]

 日本バレーボール協会は25日、ビーチバレーボールの国際大会にエントリーし忘れ、選手が出場できなくなった問題で、関係者の懲戒処分を決めた。申請を失念した担当職員は就業規則に基づく戒告処分。チェック体制や管理責任に不備があったとして、協会の林孝彦事務局長とビーチバレーボール事業本部の副本部長2人を譴責(けんせき)処分とした。(朝日新聞)
日本バレーボール協会も会長不在で組織が十全に機能していないなかでのこの処分である。しかもこの申請し忘れについては、ビーチバレーボール連盟は自らの重大な失態を隠蔽して選手に頬被りしようとまでしていたという。ホームページを見ても謝罪はおろか、何も触れていない。今後の国内の試合日程が羅列されているだけである。
選手が不祥事を犯したら、厳しい処分をすることだけはするだろうし、国際大会に選ばれた選手が寝過ごしたりして試合に出場が出来なかったりしたら、これまた厳しい処分をすることは間違いない。旅費を返せと言うかも知れない。
会長の決まらないバレーボール協会でも、ビーチバレーボール連盟でもその幹部は現役経験者である場合が多いが、己の選手時代の気持ちを忘れて選手に接しているから、このようなとんでもない失態を惹起するのである。
連盟の幹部は個々の選手達の処に直接出向いて謝罪した様子もない。失敗は避けられないにしても、しくじった時の事後処理の仕方が問われるのである。知らぬ振りしたまま、問題にされなければ、やり過ごそうとする意識が不手際を招く要因の一つになってもいるのであろう。
不手際を犯した担当者は処分されて責任の一端を糊塗できるとしても、その痛恨事を忘れないために、次の国際大会まで謝罪文をせめてホームページ上に載せ続けることくらいはして然るべきであろう。
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李下に冠を正さず [言葉]

「瓜田に履を納れず」がこの後に続くのだが、後の一句は馴染みが薄い。
安倍首相は昨日の閉会中審査に出席してこの言葉を敢えて言えば弄していた。
李下に冠を正し、瓜田に履を納れたからこそ、閉会中審査なる事態になったのだという認識の欠落がこの言葉を使わしめたとしか言い様がない。それともこの俚諺を念頭に置いておくべきであったという内心の反省の巧まざる吐露だったのであろうか。
昨日の毎日新聞は次のような記事を載せている。
闘病中のマケイン氏がオバマ氏との大統領選挙で争った時、「オバマは信用できない。彼はアラブ人だ」と発言した女性支持者に「違います。彼は家族を愛するまっとうなアメリカ市民です。彼と私はたまたま基本的な事柄について意見が異なるだけです」と諭した。
「オバマ氏が大統領になっても恐れる必要はない。この國の政治は相手への敬意が基本だ」述べたという。

安倍首相は、「こんな人達に負けるわけにはいかない」と激高したことへの反省の弁を述べているが、あの時自民党の青年部がどこからともなく出て来て、青旗を掲げ林立させて安倍首相を防御したことには党総裁として何の反省も述べていない。あの青旗の林立は異常で一種の脅迫めいた印象を抱いた。テレビですらそうだから現場に居た人達はもっと強い脅威を感じたのではないかと推察している。
この青年部の青旗の林立は、自民党という政党の本質が見事に現れていて、稲田防衛相が防衛相としても自衛隊としても選挙には自民党に投じて欲しいというのと同じレベルの意識である。異なった見解の国民は国民とは見なしていない、若しくは見なさないという意識と感覚なのだと言うことである。

ドツかれて味わう痛さかな [政治]

安倍晋三首相が学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設を巡る衆院予算委員会の閉会中審査に応じる意向を示したのは、自らが国会で説明しなければ求心力低下に歯止めがかからないと危惧したためだ。自民党側がいったん決めた予算委開催拒否という方針を自ら覆し、危機感をあらわにした。(毎日新聞)
都民ファーストが圧勝したのも、一面で言えば、安倍首相を党首とする自民公明党の強権的政治支配にドツかれて痛さを味わったからに違いない。これ以上ドツかれるのは堪忍やで!ということである。
安倍首相にしてみれば、「こんな人に負けるわけにはいかない!」と一国の首相の立場を忘れて傲岸になっていたのが、都議選で完敗という痛烈なドツキを食らって痛さを少しばかり感じたのであろう。
無告の民はドツかれなければ、分からないのが通常だとしても、一国の宰相がドツかれなければ、自らを省みることが出来ないというのもうそ寒い話ではなかろうか。
裸の王様とはよく言ったものである。身に纏うものがなくなれば、痛さもひとしおということであろうか。亦哀しからずや、とでも言おうか。
もっとも安倍首相にすれば、何の痛きことか之有らん、なのかもしれない。
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